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物語-はなまる@Youji- 【1話】


3人の父親と5人兄弟


福岡県出身の洋二さんは姉、兄、洋二さん、妹、弟の5人兄弟。姉、兄の父親と、洋二さん、妹の父親、弟の父親と3人の父親がいるが、会ったことはなく3人ともヤクザで、お母さんは洋二さんの父親に当たる人から、覚せい剤を無理矢理打たれ、強要されたことで次第に精神がおかしくなり、バイクで事故をして入院したのをきっかけに、洋二さんと妹さんを育てられなくなり、それぞれ別々の児童養護施設へ振り分けられ、洋二さんは佐賀県内、妹さんは福岡県内の施設へ預けられた。


この時、母親は入院中に身ごもっていて、それが一番下の弟となる。

3歳になる頃に、乳幼児専用の児童養護施設から佐賀県内の通常の児童養護施設へ移り、中学卒業までを過ごした洋二さん。

お寺が運営していた施設の当時の一日のスケジュールは決まっていて、 6時頃起床。 6時20分にお経を唱えるところから一日が始まる。 部屋の掃除、朝ご飯を食べて学校に行く。 帰宅後はマラソン。

※夏は男子は野球、女子はバレー 再び掃除をしてから各自夕飯、お風呂に入る。 8時まではテレビが見られるが、8時から2時間勉強。 10時に就寝。 毎月1日と15日は一時間座禅の時間。

月に一度、小遣いをもらって好きなものを買える日。 クリスマスの日には友達を2名迄呼べてお祝ができる。

お盆と正月だけ唯一実家に帰省ができる。


一番困ったのはお金のことで、月に一度しかお金に触れていないので、いざ社会人になってとても苦労したそう。このことは後でも触れていくのだけど、施設で育った子供たちにとってとても大きな壁となる。

又、勉強の時間、低学年の子はフロアに集まってみんなで勉強をするのだが、勉強が苦手な洋二さんにとっては何を勉強していいかもわからなかった。 そして、一番辛かったことといえばお盆と正月に、祖父母と母親がいる実家に帰省した後、施設に戻る時はいつも寂しくて辛かった。 それは洋二さんにとって思い描いていた唯一の家族と過ごす時間でした。

当時の日々はまるで刑務所のように思えるくらいで、見る通り決して楽しいとは言えない暮らしだったけれど、物心着く前から施設で過ごしていた洋二さんにとってはそれが当たり前のこととして生活していました。

児童養護施設に入居してくる子供たちは両親もおらず捨てられた子や、虐待で預けられる子が殆どだったそうで、大人の目が届かない子供たちの社会がある。逃げ場所がない子供だけの世界は時に残酷で、ともすれば先輩が後輩をいじめるのも日常茶飯事で、そうしたことも受け継がれてしまう。 洋二さんも呼び出されてぼこぼこに殴られた事があった。そして洋二さんも中学生の時、先輩からされてたのとように同じように年下の後輩を殴ったり蹴ったりしてしまったという。 職員によっても、厳しい人や意地悪な人は当然いて、中には耐えられなくて脱走する子もいて、決して楽しいとは言えない施設の生活でした。



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